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 *2006年05月26日(金曜日)付
 木の皮を煮たり漬けたり裂いたり、長い時間をかけて糸にする。それを織って布にし、帯や帽子に加工する。山形・新潟県境の山村で、70人ほどの女性が受け継いでいる「羽越(うえつ)しな布(ふ)」づくりは、縄文、弥生を思わせる技術だ。
昨年、国の207番目の「伝統的工芸品」に指定された。まとめ役を務めている五十嵐勇喜さん(70)は「公に認められたことで、後継者を育てていく自信がわいてきた」と話す。喜びの一方で
(12/21/2006 11:34:35,87) [查看全文]
 *2006年05月27日(土曜日)付
 政府、民主党がそれぞれに出した、教育基本法を改める法案を読む。今の法には無くて双方の案にあるのは、「愛国心」のくだりだけではない。「公共の精神」という言葉が双方とも前文に出てくる。
政府案は「公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期する」とある。民主党案では「公共の精神を大切にする人間の育成」となっている。公共心のある人間を育むことで通じている。
(12/21/2006 11:34:02,79) [查看全文]
 *2006年05月28日(日曜日)付
 2日続けて同じ店で、ラーメンを食べた。具もめんもスープも同じに思えたが、消費税別で1日目が390円、2日目は290円だった。全国展開するラーメン店チェーンが大幅な値下げに踏み切ったからだ。
担当者によると、材料を大量に仕入れることで、品質を落とさずに原価を削減したそうだ。ギョーザやご飯ものを加えたセットメニューをできるだけ注文してもらい、全体の売り上げを減らさないようにしていきたいという。
(12/21/2006 11:33:26,77) [查看全文]
 *2006年05月29日(月曜日)付
 10年余り会社勤めをしていて、漁師になりたいと思ったら、どうすればいいのだろう。福岡に住んでいた山本幸徳さん(38)はインターネットで「漁師」を検索してみた。社団法人・大日本水産会の主催する「研修生募集フェア」の案内が出ていた。3年前のことだ。
フェアの会場で、長崎市の漁協が募っていたアジの一本釣りの研修生に応募した。半年の研修の後、面倒を見てくれた漁師の下でさらに半年修業を積んだ。退職金などで、
(12/21/2006 11:32:44,86) [查看全文]
 *2006年05月30日(火曜日)付
 インドネシアのジャワ島の大地震は、日がたつにつれて犠牲者の数が増えている。がれきの下には、まだ多くの人が埋まっているという。重機が乏しく、スコップや素手での作業が続く。
震源から約50キロの所にそびえるムラピ山の動きが不気味だ。火山活動が活発で、今月半ば、政府が周辺住民に避難勧告を出した後、火砕流が起きた。
直接の噴火災害の他、うわさによるパニックが起きる心配も
(12/21/2006 11:32:09,84) [查看全文]
 *2006年05月31日(水曜日)付
 最近の言葉から。38年前に福島県いわき市で見つかったフタバスズキリュウは新種の首長竜と分かった。発見者で、今は市アンモナイトセンター主任研究員の鈴木直さんは、訪れる親子に語りかける。「太古からの命のバトンリレーの中で人は生きている」
小泉首相に靖国神社参拝の再考などを求めた経済同友会の提言に、首相が「商売と政治は別」と反論した。同友会の北城恪太郎代表幹事が再反論する。「経済も含めて国の政策は決めるべきではないか
(12/21/2006 11:31:35,84) [查看全文]
 *2006年06月01日(木曜日)付
 坂口安吾が「堕落論」を発表したのは終戦の翌年だった。「若者達は花と散ったが、同じ彼等が生き残って闇屋となる」。読んで共感した若き今村昌平さんは、自分も闇市に入り浸って戯曲を書いていた(自著『映画は狂気の旅である』日本経済新聞社)。
焼酎やたばこを売ってサヤを稼ぎ、進駐軍のガソリンの横流しを手伝う。「あらゆる人間が生の欲望をさらけ出し、何にも縛られずに生きている闇市は、私にとって自由の小天地であった」
(12/21/2006 11:30:59,78) [查看全文]
 *2006年06月02日(金曜日)付
 人々が、がれきを手で取り除いてゆく。やがて横たわった母親がみつかる。その母が右腕でつくったすきまの中に、生まれて間もない男の赤ちゃんがいた。インドネシア・ジャワ島を襲った地震で、母を失いながらも、がれきの下で生きのびた小さな命があった。
大きな災害のさなかに、母親が自分の体をたてにして子どもを守り、本人は命を失うことが時に起こる。母の死が子の生を保つという、実に痛切で厳粛な営みには、心が震える思い
(12/21/2006 11:30:17,85) [查看全文]
 *2006年06月03日(土曜日)付
 フランスに渡った藤田嗣治が、初めてパリで個展を開いたのは1917年の6月だった。ある日ピカソがやってきて、3時間以上も絵の前に立っていたという。
その時のことを、藤田が語っている。「長い間私の画を熱視してたピカソは決して私の画の材料などと言う枝葉の問題ではなく、この画が何年の後、何十年の後何う変わって行くか、その先を考えて得るものがあれば頂戴しようと言うやり方で私も驚いた」(近藤史人『藤田嗣治「異邦人」の生涯』
(12/21/2006 11:29:41,71) [查看全文]
 *2006年06月04日(日曜日)付
 くくくっと曲がりながら、すっと落ちて、ゴール右上すみに吸い込まれていくサッカーボール。筑波大の浅井武・助教授は、中村俊輔選手の左足のフリーキックを高速カメラで撮影し、ボールの速度や回転を調べている。
腰を大きく使い、足を鋭く振り上げることで、横だけでなく縦の回転をボールに加えていることがわかった。25メートルのキックは約3メートル右に曲がり、約2メートル落ちた。秒速約28メートルだっ
(12/21/2006 11:29:03,68) [查看全文]
 *2006年06月05日(月曜日)付
 道の行く手で歓声があがる。「がんばれっ」「しっかり」。校庭の方から声援が聞こえる。昨日、通り掛かった東京都心の小学校で運動会が開かれていた。
紅白に分かれてのリレーのさなかだった。追いつき、追い越され、バトンを落とし、拾い、手渡す。そのひたむきな姿に足を止めた。子どもたちが競い、あるいは力を合わせて
(12/21/2006 11:24:36,59) [查看全文]
 *2006年06月06日(火曜日)付
 捜査機関への出頭を覚悟した人の姿を、何度か見たことがある。口達者な人も、逮捕される時が近づくとだまりがちになった。昨日の、村上ファンドの村上世彰代表の場合は違っていた。
とうとうと謝罪した、とでも言えばいいのだろうか。東京地検に逮捕される前の記者会見の映像では、弁舌の巧みさは以前とあまり違わなかった。
ニッポン放送株の売買を巡るライブドアとのやりとりにインサイダ
(12/21/2006 11:24:01,63) [查看全文]
 *2006年06月07日(水曜日)付
 この時季に、しきりに思い浮かぶ中村草田男の一句がある。〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉。木々の緑と、幼子の白い小さな歯との取り合わせが鮮やかだ。そして、人であれ、木々であれ、命を次の世代に引き継いでゆくことの貴さや、生命への深い畏(おそ)れが感じられる。
草田男は、人間探求派と称された。この句は、父であるか母であるか、あるいはまた親であるか否かをも超えた、人間の絶唱のようだ。
(12/21/2006 11:23:27,88) [查看全文]
 *2006年06月08日(木曜日)付
 扉が開く。足を踏み入れる。もし、そこに床がなかったとしたら——。エレベーターに乗る時にふと浮かぶ、現実には起こりえないはずの妄想だ。
扉が開く。中から外へ出ようとする。出終わらないうちに床が上がる。こんなありえそうもないことが現実に起きた。東京都港区のマンションの12階で、エレベーター
(12/21/2006 11:22:48,85) [查看全文]
 *2006年06月09日(金曜日)付
 米東部コネティカット州のある町で、小学生の姉と弟が、学校に向かう途中で姿を消す。足取りは、なかなかつかめない——。米児童文学の名作『クローディアの秘密』(E・L・カニゲズバーゲ、岩波少年文庫)は、その2人の物語だ。
姉のクローディアは11歳、弟のジェイミーは9歳で、誘拐ではなく、家出だった。葉を隠すには森が一番といわれるように、ニューヨーク市で多くの人が集まるメトロポリタン美術館に逃
(12/21/2006 11:22:12,87) [查看全文]
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