阅读文章

舞姫

[日期:2007-02-27] 来源:  作者: [字体: ]
 

舞姫

森鴎外

石炭をば や積み果てつ。中等室の つくゑ のほとりはいと静にて、 熾熱燈 しねつとう の光の晴れがましきも いたづら なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る 骨牌 カルタ 仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余 一人 ひとり のみなれば。
  五年前 いつとせまへ の事なりしが、 平生 ひごろ の望足りて、洋行の官命を かうむ り、このセイゴンの港まで し頃は、目に見るもの、耳に聞くもの、一つとして あらた ならぬはなく、筆に任せて書き しる しつる紀行文日ごとに幾千言をかなしけむ、当時の新聞に載せられて、世の人にもてはやされしかど、 今日 けふ になりておもへば、 をさな き思想、身の ほど 知らぬ放言、さらぬも 尋常 よのつね の動植金石、さては風俗などをさへ珍しげにしるしゝを、心ある人はいかにか見けむ。こたびは途に上りしとき、 日記 にき ものせむとて買ひし 冊子 さつし もまだ白紙のまゝなるは、 独逸 ドイツ にて物学びせし に、一種の「ニル、アドミラリイ」の気象をや養ひ得たりけむ、あらず、これには別に故あり。
  げに ひんがし かへ る今の我は、西に航せし昔の我ならず、学問こそ なほ 心に飽き足らぬところも多かれ、浮世のうきふしをも知りたり、人の心の頼みがたきは言ふも更なり、われとわが心さへ変り易きをも悟り得たり。きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写して たれ にか見せむ。これや日記の成らぬ縁故なる、あらず、これには別に故あり。
  嗚呼 あゝ 、ブリンヂイシイの港を でゝより、早や 二十日 はつか あまりを経ぬ。世の常ならば 生面 せいめん の客にさへ まじはり を結びて、旅の憂さを慰めあふが航海の ならひ なるに、 微恙 びやう にことよせて へや うち にのみ こも りて、同行の人々にも物言ふことの少きは、人知らぬ恨に かしら のみ悩ましたればなり。 この 恨は初め一抹の雲の如く わが 心を かす めて、 瑞西 スヰス の山色をも見せず、 伊太利 イタリア の古蹟にも心を留めさせず、中頃は世を いと ひ、身をはかなみて、 はらわた 日ごとに九廻すともいふべき惨痛をわれに負はせ、今は心の奥に凝り固まりて、一点の かげ とのみなりたれど、 ふみ 読むごとに、物見るごとに、鏡に映る影、声に応ずる響の如く、限なき懐旧の情を喚び起して、 幾度 いくたび となく我心を苦む。嗚呼、いかにしてか此恨を せう せむ。 ほか の恨なりせば、詩に詠じ歌によめる後は 心地 こゝち すが/\しくもなりなむ。これのみは余りに深く我心に りつけられたればさはあらじと思へど、今宵はあたりに人も無し、 房奴 ばうど の来て電気線の鍵を ひね るには猶程もあるべければ、いで、その概略を文に綴りて見む。
  余は幼き ころ より厳しき庭の をしへ を受けし 甲斐 かひ に、父をば早く うしな ひつれど、学問の すさ み衰ふることなく、旧藩の学館にありし日も、東京に出でゝ 予備黌 よびくわう に通ひしときも、大学法学部に入りし後も、太田 豊太郎 とよたらう といふ名はいつも一級の はじめ にしるされたりしに、 一人子 ひとりご の我を力になして世を渡る母の心は慰みけらし。十九の歳には学士の称を受けて、大学の立ちてよりその頃までにまたなき名誉なりと人にも言はれ、 なにがし 省に出仕して、故郷なる母を都に呼び迎へ、楽しき年を送ること三とせばかり、官長の覚え こと なりしかば、洋行して一課の事務を取り調べよとの命を受け、我名を成さむも、我家を興さむも、今ぞとおもふ心の勇み立ちて、五十を えし母に別るゝをもさまで悲しとは思はず、 遙々 はる/″\ と家を離れてベルリンの都に来ぬ。
  余は 模糊 もこ たる功名の念と、検束に慣れたる勉強力とを持ちて、 たちま ちこの 欧羅巴 ヨオロツパ の新大都の中央に立てり。 何等 なんら の光彩ぞ、我目を射むとするは。何等の色沢ぞ、我心を迷はさむとするは。菩提樹下と訳するときは、幽静なる さかひ なるべく思はるれど、この大道 かみ の如きウンテル、デン、リンデンに来て両辺なる石だゝみの人道を行く 隊々 くみ/″\ の士女を見よ。胸張り肩 そび えたる士官の、まだ 維廉 ヰルヘルム 一世の街に臨める ※(「窗/心」、第3水準1-89-54) まど り玉ふ頃なりければ、様々の色に飾り成したる礼装をなしたる、 かほよ 少女 をとめ 巴里 パリー まねびの よそほひ したる、彼も此も目を驚かさぬはなきに、車道の 土瀝青 チヤン の上を音もせで走るいろ/\の馬車、雲に聳ゆる楼閣の少しとぎれたる ところ には、晴れたる空に夕立の音を聞かせて みなぎ り落つる 噴井 ふきゐ の水、遠く望めばブランデンブルク門を隔てゝ緑樹枝をさし はしたる中より、半天に浮び出でたる凱旋塔の神女の像、この 許多 あまた の景物 目睫 もくせふ の間に あつ まりたれば、始めてこゝに しものゝ応接に いとま なきも うべ なり。されど我胸には たと ひいかなる境に遊びても、あだなる美観に心をば動さじの誓ありて、つねに我を襲ふ外物を さへぎ り留めたりき。
  余が 鈴索 すゞなは を引き鳴らして えつ を通じ、おほやけの紹介状を出だして東来の意を告げし 普魯西 プロシヤ の官員は、皆快く余を迎へ、公使館よりの手つゞきだに事なく済みたらましかば、何事にもあれ、教へもし伝へもせむと約しき。喜ばしきは、わが 故里 ふるさと にて、独逸、 仏蘭西 フランス の語を学びしことなり。彼等は始めて余を見しとき、いづくにていつの間にかくは学び得つると問はぬことなかりき。
  さて官事の いとま あるごとに、かねておほやけの許をば得たりければ、ところの大学に入りて政治学を修めむと、名を 簿冊 ぼさつ に記させつ。
  ひと月ふた月と過す程に、おほやけの打合せも済みて、取調も次第に はかど り行けば、急ぐことをば報告書に作りて送り、さらぬをば写し留めて、つひには 幾巻 いくまき をかなしけむ。大学のかたにては、穉き心に思ひ計りしが如く、政治家になるべき特科のあるべうもあらず、此か彼かと心迷ひながらも、二三の法家の 講筵 かうえん つらな ることにおもひ定めて、謝金を収め、往きて聴きつ。
  かくて 三年 みとせ ばかりは夢の如くにたちしが、時来れば包みても包みがたきは人の好尚なるらむ、余は父の遺言を守り、母の教に従ひ、人の神童なりなど むるが嬉しさに怠らず学びし時より、官長の善き働き手を得たりと はげ ますが喜ばしさにたゆみなく勤めし時まで、たゞ所動的、器械的の人物になりて自ら悟らざりしが、今二十五歳になりて、既に久しくこの自由なる大学の風に当りたればにや、心の中なにとなく おだやか ならず、奥深く潜みたりしまことの我は、やうやう表にあらはれて、きのふまでの我ならぬ我を攻むるに似たり。余は我身の今の世に雄飛すべき政治家になるにも よろ しからず、また善く法典を そらん じて獄を断ずる法律家になるにもふさはしからざるを悟りたりと思ひぬ。
  余は ひそか に思ふやう、我母は余を きたる辞書となさんとし、我官長は余を活きたる法律となさんとやしけん。辞書たらむは猶ほ堪ふべけれど、法律たらんは忍ぶべからず。今までは 瑣々 さゝ たる問題にも、極めて 丁寧 ていねい にいらへしつる余が、この頃より官長に寄する書には しき りに法制の細目に かゝづら ふべきにあらぬを論じて、一たび法の精神をだに得たらんには、紛々たる万事は破竹の如くなるべしなどゝ広言しつ。又大学にては法科の講筵を 余所 よそ にして、歴史文学に心を寄せ、漸く しよ む境に入りぬ。
  官長はもと心のまゝに用ゐるべき器械をこそ作らんとしたりけめ。独立の思想を いだ きて、人なみならぬ おも もちしたる男をいかでか喜ぶべき。危きは余が当時の地位なりけり。されどこれのみにては、なほ我地位を くつが へすに足らざりけんを、 日比 ひごろ 伯林 ベルリン の留学生の うち にて、或る勢力ある 一群 ひとむれ と余との間に、面白からぬ関係ありて、彼人々は余を 猜疑 さいぎ し、又 つひ に余を 讒誣 ざんぶ するに至りぬ。されどこれとても其故なくてやは。
  彼人々は余が とも 麦酒 ビイル の杯をも挙げず、球突きの キユウ をも取らぬを、かたくななる心と慾を制する力とに帰して、 かつ あざけ り且は ねた みたりけん。されどこは余を知らねばなり。嗚呼、此故よしは、我身だに知らざりしを、 いか でか人に知らるべき。わが心はかの 合歓 ねむ といふ木の葉に似て、物 さや れば縮みて避けんとす。我心は処女に似たり。余が幼き頃より長者の教を守りて、 まなび の道をたどりしも、 つかへ の道をあゆみしも、皆な勇気ありて くしたるにあらず、耐忍勉強の力と見えしも、皆な自ら欺き、人をさへ欺きつるにて、人のたどらせたる道を、 一条 ひとすぢ にたどりしのみ。余所に心の乱れざりしは、外物を棄てゝ顧みぬ程の勇気ありしにあらず、 たゞ 外物に恐れて自らわが手足を縛せしのみ。故郷を立ちいづる前にも、我が有為の人物なることを疑はず、又我心の能く耐へんことをも深く信じたりき。嗚呼、彼も一時。舟の横浜を離るるまでは、 天晴 あつぱれ 豪傑と思ひし身も、せきあへぬ涙に 手巾 しゆきん を濡らしつるを我れ なが ら怪しと思ひしが、これぞなか/\に我本性なりける。此心は生れながらにやありけん、又早く父を失ひて母の手に育てられしによりてや生じけん。
  かの 人々の嘲るはさることなり。されど嫉むはおろかならずや。この弱くふびんなる心を。
  赤く白く おもて を塗りて、 赫然 かくぜん たる色の衣を まと ひ、 珈琲店 カツフエエ に坐して客を をみな を見ては、往きてこれに就かん勇気なく、高き帽を戴き、眼鏡に鼻を挾ませて、 普魯西 プロシヤ にては貴族めきたる鼻音にて物言ふ「レエベマン」を見ては、往きてこれと遊ばん勇気なし。此等の勇気なければ、彼活溌なる同郷の人々と交らんやうもなし。この交際の うと きがために、彼人々は唯余を嘲り、余を嫉むのみならで、又余を猜疑することゝなりぬ。これぞ余が 冤罪 ゑんざい を身に負ひて、暫時の間に無量の 艱難 かんなん けみ し尽す なかだち なりける。



阅读:
录入:当当日语

评论 】 【 推荐 】 【 打印
上一篇:北京の胡同と四合院
下一篇:印度人街
相关新闻      
本文评论       全部评论
发表评论


点评: 字数
姓名:

  • 尊重网上道德,遵守中华人民共和国的各项有关法律法规
  • 承担一切因您的行为而直接或间接导致的民事或刑事法律责任
  • 本站管理人员有权保留或删除其管辖留言中的任意内容
  • 本站有权在网站内转载或引用您的评论
  • 参与本评论即表明您已经阅读并接受上述条款
 日语应试
   一级 二级 三级 四级
   考研 托业
 学习指导
   入门 经验 对照翻译
   语法 词汇 趣味日语
   听力 阅读
 学习教材
   新编日本语 商务日语
   标准日本语 交际口语
   大家的日语
 日本留学
   城市 社会 旅游 时尚
   签证 留学 学校 工作
文章查询


 
 免费日语学习网站 Copyright © 2005 dangdangcc.com Inc. All rights reserved. 版权所有 不得转载
未经授权禁止复制或建立镜像 当当日语教室 Tel:(023)
 渝ICP 05001295号