呼ぶ時 呼ばれた時
町で、人に呼びかける時や人を呼ぶ時に、「ヘーイ」と言っているのを聞いたが、あれはアメリカ兵のまねであろう。日本では「もしもし」が普通である。「もしもしカメよ、カメさんよ」と子供の歌にも歌われ、電話用語として、話しかける時には必ずといってよいほど用いられている。英語では「ヘーイ」より「ハロー」が代表的で、電話の交換手を「ハローーガール」と言うことがあり、日本でも、「もしもし姫」などと言われた。
この「もし」は、「申す(私は申します)」という謙譲語の詰まったものだといわれている。淨瑠璃などの「もうし勝頼様」などは別として、方言には「モウシ」「マオス」などがあるし、奈良県吉野の山奥では、「モノモ」「ドウレ」と言う応待の言葉があるそうである。
「もし」のほか、「おい」、遠くの時は「おうい」がある。戦前、「オイ、コラ、ちょっと来い」は検察官言葉の代表的なもののようにいわれた。
そのほか、「ちょっと」「ねえ」などは、相手が近くにいる時、親しい間柄で使われる。
第三者を呼ぶ時、氏名がわかっていれば、「田中さん」「山口君」などと姓で呼び、親しい間では、「正雄さん」「正雄君」「正子さん」などと名で呼び、さらに呼び捨てにして、「正雄」「正子」という。芸者など、客商売の女が「山口さん」の代わりに「ヤー産」などということもアル。知る知らぬにかかわらず、男に「だんな(産)」、女には「奥さん」が普通である。
氏名が分からない時、職業や役名に「産」をつけ、「ボーイさん 八百屋さん お回り産」などということが行われている。
子供が大人を呼ぶ時には「おじさん おばさん」、若ければ「お兄さん」「お姉さん」である。
相手が一人なら「あなた」であるが、大勢の場合には「皆さん」である。講演などには、以前は「諸君 満堂の諸君」、「紳士淑女諸君なども使われた。
呼ばれた時の返事は「はい」が標準語で、代表的である。二つ重ねた「ハイ、ハイ」もある。「ハイ」は少し改まった時「ハツ」、となると、昔の軍隊を思わせる。「エエ」もよく使われ、「アア」はお人よし、「ヘエ」はへつらいに聞こえて卑しい。「ウン」はよく言われるが、よくない。
そのほか、「ナアニ ナニセ ナニヨ」は女、「ナンダ ナンダイ」は男が使う疑問を含めた返事である。
お礼を言う時の「ありがとう」は、元、めったにない、まれだという意味に使われた。
清少納言は「ありがたきもの、姑(しゅうとめ)におもはるる嫁」と「枕草子」にいっている。ことばどおり、あり得ない、あるのが不思議だというので、人間業3を超えた神の御徳、お力をたたえていったものが、いつの間にか、目上の人に感謝するのに使うようになったのであり、楽しいにつけ、うれしいにつけ、人に何かもらったり、してもらったりしても使うようなったものと思われる。「ありがとう」に当たるフランス語の「メルシ」イタリア語の「ゲラツイエ」も、元は「神の恵みよ」という意味であった。
ていねいに言う時は「ありがとうございます」でいいが、語源から言っても、目上の人に対しては「ありがとう存じます」と言いたい。
さらに、「本当に’まことに’重ね重ね」などという語を前につけて言うこともあるが、「どうも’どうもどうも」をつけるのは、どうも感心でけない。
「ありがとう」を京都辺りでは「オオキニ(なまって、大阪ではオオケニ)」、大分県’熊本県で「ダンダン」というが、たいへんとか、重ね重ねの下を略したものであろう。
昔は、お礼の意味には「ありがとう」と言わないで、「かたじけない」が使われていた。また今日では、女の人には、「すみません」と言う人が多い。「さようなことをしていただいては、気がすまない」というのがその起こりであると思われるが、「相すみません」と言う人もある。旅館など手、宿代を払い、心づけまでやって、女中に「相すみません」と言われると、妙な気がある。「すみません」は、「申し訳ありません」と恐縮して、心が穏やかでない時に使うほうがよい。
「ありがとう」の代わりに「恐れ入ります 傷み入ります もったいない」なども使われていた。さらに妙な言い方としては、「迷惑いたします 困ってしまいます」などがある。東京でも、「お控えなさいま市」とか、「およしになればいいのに」とかいったそうである。どれも、そんなことをして下さっては恐れ入りますから、なさらないでくださいと言う気持ちを表した言葉である。
しかし、標準語としては「ありがとう」を進めたい。目上の人になら「存じます」、泥濘には「ございます」をつけて言う。

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